── その議論自体が間違っている理由──
1|よくある議論:「筋膜か脳か」
運動指導や徒手療法の現場では、よくこういう議論が起きる。
-
筋膜リリースは意味があるのか
-
いや、すべて脳の問題だ
-
筋膜の滑走が改善しているのではないか
-
神経系の変化ではないのか
そして時には
「脳アプローチより筋膜アプローチの方が効く」
という意見すら出てくる。
しかし結論から言うと、
この議論自体が根本的に成立していない。
なぜなら、
筋膜に介入して起きる変化も、
すべて脳神経系を経由して起きているからである。
2|身体は“脳が作っている現象”
まず大前提として理解しなければならないのは、
筋肉は自分で動いているわけではない
ということ。
筋肉は
-
脳
-
脊髄
-
感覚受容器
によって常に制御されている。
つまり
筋緊張
可動域
姿勢
筋活動
これらすべては
神経系の出力結果である。
3|筋膜そのものを“物理的に変える”のは極めて難しい
筋膜アプローチが本当に
-
癒着を剥がす
-
組織を伸ばす
-
組織構造を変える
のであれば、
かなりの物理的力が必要になる。
しかし研究では、
徒手療法で加えられる力は
筋膜の構造を変化させるには圧倒的に小さい
ことが示されている。
例えば
Schleipらの研究では
筋膜の塑性変形には数百kgレベルの張力が必要とされる。
徒手療法の圧力は
その数百分の一程度である。
つまり、
筋膜そのものを直接変えているとは考えにくい。
4|ではなぜ筋膜リリースで可動域が変わるのか
ここで重要になるのが
神経生理学的反応である。
筋膜には多くの受容器が存在する。
主なものは以下。
-
ルフィニ終末
-
パチニ小体
-
自由神経終末
-
筋紡錘
-
ゴルジ腱器官
これらは
-
伸張
-
圧力
-
振動
-
温度
などの刺激を受けると、
中枢神経系に大量の感覚入力を送る。
5|感覚入力は筋緊張を変える
感覚情報は
-
脊髄
-
脳幹
-
小脳
-
大脳皮質
に送られる。
そこで起きるのは
筋活動の再調整
である。
例えば
-
伸張反射の変化
-
相反抑制
-
反回抑制
-
γ運動ニューロン活動の変化
などが起こる。
その結果
筋緊張が低下し、可動域が改善する。
つまり、
筋膜リリースの効果は
組織変化ではなく神経変化
で説明できる。
6|筋膜の刺激は“脳への入力”である
ここで重要なのは、
筋膜に触れている時点で
すでに
脳への介入をしている
という事実である。
筋膜には
非常に多くの感覚神経が存在する。
Schleipの研究では
筋膜は筋肉よりも多くの感覚受容器を持つ
とされている。
つまり、
筋膜に触れることは
巨大な感覚器を刺激している
ということになる。
7|可動域改善の研究も神経説を支持している
ストレッチや徒手療法の研究では
一貫して
組織変化ではなく神経変化
が支持されている。
代表的なものは
Magnussonらの研究。
この研究では
ストレッチ後に
-
筋の長さ
-
組織の硬さ
はほぼ変化していない。
しかし
ストレッチ耐性(stretch tolerance)
は大きく増加していた。
つまり、
組織が伸びたのではなく
脳が許容する範囲が変わった
ということになる。
8|痛みの研究でも同じ結論が出ている
疼痛科学でも同様である。
現在の痛み研究では
痛みは
組織損傷ではなく脳の判断
とされている。
Melzackの
Neuromatrix theory
では
痛みは
-
感覚入力
-
情動
-
記憶
-
予測
などによって
脳が生成する体験とされている。
つまり
筋膜に触れて痛みが減る場合も
脳の判断が変化した結果
である。
9|そもそも筋肉も筋膜も“脳の出力”
もう一度整理する。
筋緊張は
-
α運動ニューロン
-
γ運動ニューロン
によって制御される。
そしてこれらは
-
脳幹
-
小脳
-
大脳皮質
の影響を受ける。
つまり、
筋肉の状態は
中枢神経系の状態そのもの
である。
10|だから「筋膜 vs 脳」は成立しない
ここで最初の議論に戻る。
「筋膜アプローチが良いのか」
「脳アプローチが良いのか」
しかし実際には
筋膜アプローチも
神経アプローチの一種
である。
筋膜を触る
↓
感覚受容器刺激
↓
脊髄・脳幹入力
↓
筋活動変化
↓
可動域改善
つまり
筋膜アプローチは脳アプローチの入口に過ぎない。
11|問題は“どこから神経系に入力するか”
身体を変える方法は
すべて
神経系への入力
である。
その入口は
-
皮膚
-
筋膜
-
関節
-
視覚
-
前庭
-
呼吸
-
内受容感覚
など無数に存在する。
つまり、
筋膜を触ることは
数ある入力方法のひとつ
にすぎない。
12|むしろ脳への入力はもっと多様
例えば
視覚入力だけでも
-
眼球運動
-
固定視
-
周辺視
-
前庭反射
によって
姿勢筋活動が変化する。
前庭刺激では
網様体脊髄路が活性化し
抗重力筋の活動が変わる。
呼吸でも
横隔膜の活動は
迷走神経や脳幹を通じて
姿勢制御に影響する。
つまり、
身体変化は常に脳から起きる。
13|筋膜を否定する必要もない
ここで誤解してほしくないのは、
筋膜アプローチを否定しているわけではない
ということ。
むしろ
筋膜は
巨大な感覚器
であり、
非常に優れた入力ポイントである。
ただし
それを
「筋膜が変わった」
と説明してしまうと
身体理解が止まる。
14|理解のレベルの違い
整理すると
初級理解
筋肉が硬い
↓
ほぐす
↓
動く
中級理解
筋膜が癒着
↓
剥がす
↓
動く
上級理解
感覚入力
↓
神経系再調整
↓
筋活動変化
つまり
筋膜か脳かという議論は
同じ現象を別のレベルで見ているだけである。
15|結論
筋筋膜アプローチの効果は
存在する。
しかしその多くは
組織変化ではなく神経変化
で説明される。
そして重要なのは
筋膜介入も脳介入も同じシステムの中にある
ということ。
つまり
筋膜 vs 脳
という議論は
二元論的思考による誤解であり、
身体は
感覚入力 → 神経処理 → 運動出力
という一つの連続したシステムで動いている。